地図

今回は節分会の壬生狂言をメインに京都御所を守護する神社仏閣を巡りました。
ランチ
京都市営地下鉄 今出川駅で下車し、徒歩で向かいました。

LAON KITCHEN
11:05

京都市上京区表町23枡形ビル1F
出町柳駅出口6から徒歩6分
今出川駅から徒歩11分
営業時間 10:00〜22:00
定休日 火・水曜日

絵本作家・谷口智則さんの壁画です。

早めに来店したので、並ばずに入店出来ました。

ぐつぐつハンバーグセット(トマトソース)¥1,550
ソースは4種類から選べます。

オムライス トマトソース+ハンバーグ=¥1,600
バナナケーキも美味しそうなので、次回は食べてみたいです。
出雲路 幸神社(さいのかみのやしろ)
12:00
京都市上京区寺町通今出川上ル西入幸神町303

以前、出雲路周辺を訪れて以来、2度目の参拝になります。

御祭神

主祭神 猿田彦大神 記紀の中で天孫降臨の際に天照大神の孫の瓊瓊杵尊を道案内した国津神。
相殿神
天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)古事記で最初に登場する造化三神の一柱。
天照大神
瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)
少彦名神(すくなびこなのかみ)『古事記』では造化三神のかみむすびの神の子で、大国主命と国造りをします。『日本書紀』では造化三神のたかみむすびの神の子とされます。
可美葦牙彦舅尊(うましあしかびひこじのみこと)造化三神の後に現れる四番目の神。
大国主命
事代主命(ことしろぬしのみこと)大国主命の子。別名・恵比寿大神。三輪氏・賀茂氏の祖。娘のひめたたらいすずひめは初代・神武天皇の皇后。
天鈿女命(あめのうずめのみこと) 神代随一の踊り手で芸能の始祖
歌舞伎の創始者である出雲阿国はこの社の稚児巫女として仕えていたといわれています。
創建
創建は不明で神代に始まります。
天武天皇の白鳳元年(661年)再興され、桓武天皇より平安京の東北の鬼門除け守護神として造営されました。
平安京造営時の社名は出雲路道祖神(いずもじさいのかみ)と言い、江戸時代の初めに現在地に遷座された際に「幸神社」と改められました。
表鬼門

暗くてわかりずらいですが、本殿東側祀られている三番叟(御幣を担ぐ猿の神像)は疫病・悪鬼・邪気等の侵入を防ぐ姿を表しています。
出町ふたば
12:20
京都市上京区出町通今出川上ル青龍町236

いつも行列が出来ていますが、節分ということで、今日も長い列に並びました。

今回は福豆大福と桜エビ餅を購入しました。

桜エビ餅は焼いて食べました。
エビの風味とほどよい塩加減で美味しかったです。

右が豆餅、左が福豆大福です。
白峯神宮
13:40

京都市上京区飛鳥井町261番地
藤原道長の子孫の飛鳥井家の邸跡に建っています。

創建

幕末、第121代孝明天皇が祀ろうとされましたが、叶わぬまま崩御され、明治天皇が明治元年に崇徳天皇を祀り、明治6年に淳仁天皇を合祀されました。
御祭神
第75代・崇徳天皇 (1119ー1164年)

第74代鳥羽天皇の第一皇子、母は藤原璋子。父・鳥羽院から白河院が中宮璋子に産ませた「叔父子」として疎まれました。
弟?の第77代・後白河天皇(鳥羽天皇の第四皇子、母は藤原璋子)との争い(保元の乱)に敗れ、讃岐に配流されました。その地で経文を血書し、「われ、日本国の大魔王となり、皇を民とし、民を皇となさん」と誓文をつけました。
この時、後白河天皇側にいた平清盛の父も本当は白河上皇といわれています。
鳥羽院が崇徳天皇を上皇にさせない計略など、大怨霊になる要素がありすぎて怖いです。
第47代・淳仁天皇(733ー765年)
天武天皇の孫。藤原仲麻呂の息子の未亡人を妻とし、その仲麻呂に推されて758年に即位します。
孝謙上皇と弓削道鏡が親密になると仲麿は阻害され、ついに乱を起こして滅ばされました。
同時に天皇も淡路に流され、孝謙上皇が重祚し、第48代称徳天皇となりました。
淳仁天皇はその翌年幽居を脱走しようとして捕えられ亡くなりました。
『続日本紀』にはただ廃帝と記されていて、淳仁は明治時代の追謚とのことです。
御朱印

地主社
御祭神
精大明神
公卿・飛鳥井家 (蹴鞠・和歌の宗家)の守護神


伴緒社

御祭神
保元の乱で崇徳上皇側についた、源為義父子が祀られています。
源為義 源頼朝の祖父。
源為朝・鎮西八郎 身長は2mを超え、弓の名手でした。保元の乱後、伊豆大島に流されますが、国司に従わず伊豆諸島を支配し、追討を受け自害しました。しかし、死なずに八丈島や琉球に逃れた等の伝説も残っています。
潜龍社

御祭神
潜龍大神
晴明神社
14:05
京都市上京区晴明町806

創建
寛弘4年(1007年)第66代・一条天皇の命により、安倍晴明の邸跡である現在の場所に創建されました。
創建当時は東は堀川通、西は黒門通、北は元誓願寺通、南は中立売通という広大なものでしたが、応仁の乱以後規模は縮小されていきました。

御祭神

安倍晴明(921-1005年)
天文陰陽博士として天体を観測し、吉凶を占い、第61代・朱雀帝から一条天皇まで6代の天皇の側近として仕えました。
安倍氏
第8代・孝元天皇の第一皇子・大彦命(おおびこのみこと)の末裔といわれています。
御朱印

バス停

晴明神社前のバス停が周囲に馴染む感じに作られていました。
京都御苑
14:45

京都御所
猿が辻

御所の北東の角には大きく欠け込みが造られ、軒下には御幣を担いだ猿の彫像が置かれています。

厳島神社
創建
平清盛が祇園女御のために厳島神社の神を祀ったのが始まりです。

御祭神
宗像三女神 (市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命)
祇園女御 白河法皇の晩年の寵妃。平清盛の母

この石鳥居は笠木が唐破風で珍しいものです。
九条池

高倉橋

池と傍の拾翠亭はもとは九条家のもので、この社は同家の鎮守社でした。
宗像神社
創建
延暦14年(795年)平安遷都の翌年、後の太政大臣・藤原冬嗣が桓武天皇の命によって皇居鎮護の神として創建しました。

御祭神
宗像三女神 (市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命)

律宗 壬生寺
16:50
京都市中京区壬生梛ノ宮町31

屋台もたくさん並んでいます。

創建

正暦2年(991年)三井寺の僧・快賢が創建。
御朱印

本尊
延命地蔵菩薩(重文)
快賢が母親の供養のために刻ませたものです。
壬生寺節分会
壬生寺は京都御所の裏鬼門にあたる為、約950年前に白河天皇の発願により節分厄除大法会が始まり、壬生狂言『節分』を繰り返し上演して、参詣者の厄除招福を祈願する年間最大行事です。
壬生大念佛狂言 (重要無形民族文化財)
壬生狂言は壬生寺中興の祖・円覚上人がが鎌倉時代に始めました。
円覚上人の説法を聴きにくる聴衆が10万人にも及んだ為、仏の教えを無言劇でわかりやすく説こうとしたのが始まりです。

この建物の2階が観覧席になっていて、建物の向かいに「大念佛堂(狂言堂)』があります。
解説書¥300
節分には演目『節分』が公演されます。解説書の表紙も『節分』が描かれています。
観覧は無料でした。

撮影不可でしたが、表紙で少し雰囲気は伝わるかと思います。
公演時間は45分くらいでした。
かなり寒いので防寒対策はしっかり目にしたほうがいいです。

年間の定時公演は春と秋にも行われます。
解説書には30の演目が載っているので、春と秋の公演も観てみたいです。
新選組
新選組ゆかりのお寺で、境内にも隊士の墓塔が祀られていますが、今回はゆっくりお参り出来なかったので、
次回きちんと参拝したいです。
夕食
京都おぶや 京都駅店
以前から気になっていたお店です。
平日のこの時間は空いていました。
19:50
JR京都駅西口改札前イートインパラダイス
エスカレーターを登ってすぐです。

出汁をかけていただきます。
ご飯は大中小から選べます。こちらは中です。
大でも良かったかなと思いましたが、後から満腹感が出てきたので、丁度良かったです。

おぶやの贅沢茶漬け¥1990
帰宅後、福豆大福を食べて締めました。
猿田彦大神・猿
塞の神、猿田彦大神、猿とあちこちの神社仏閣で祀られていますが、謎の多い神様です。
今年もゆかりの地を色々巡りたいと思います。


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