建仁寺・六波羅蜜寺

京都

地図

 

初詣は地元の氏神様にお参りしましたが、2022年最初の神社仏閣巡りは京都四条界隈へ。

四条通りはかなりの人出で、混雑していたので、八坂さんではなく建仁寺と六波羅蜜寺にお参りしました。

建仁寺

建仁寺は建仁二年(1202年)鎌倉幕府第二代将軍 源頼家が寺域を寄進し建立されました。

今年の大河ドラマは鎌倉時代のものなので、ピッタリです。

このブログを始めてから、戦国時代や幕末より、平安時代や鎌倉がマイブームになっております。

塔頭 両足院

龍山特見の墓所として現在の寺域になり、1536年の火災後、再建に伴って両足院と改称したそうです。

 

大書院前庭

6月下旬から夏にかけて、『半夏生』(はんげしょう)が白く染まり、水芭蕉の花が咲いたようになるそうです。

毘沙門天堂

こちらの狛犬今年の干支の虎です。

御朱印

初詣の時期なので、お札や御朱印を受けるのにかなりの列が出来ていました。

この御朱印は令和2年に参拝した時のものです。

法堂

建仁寺は大変広く、見所も多数ありますが今回は両足院のみの拝観です。

法堂や六道珍皇寺は令和2年に参拝しました。

法堂の双龍図も平成14年のものですが、圧巻です。

六道珍皇寺

平安京の東の墓所、鳥辺野の麓にあり、六道の分岐点、この世とあの世の境の辻がこの境内の辺りであると言われ冥界への入り口と信じられてきたそうです。

境内の梵鐘(迎え鐘)は亡者をこの世に呼び寄せることができるそうで、穴から出ている紐をひくという変わった撞きかたをします。

また、閻魔堂には閻魔大王坐像と小野篁の立像が祀られています。

 

小野篁 (802年ー852年)

文武両道に優れ、遣唐副使にも任じられたが、大使の藤原常嗣と争い、嵯峨天皇の怒りにふれ、隠岐に流罪になるなど、波乱の人生を送る。

閻魔王宮の役人と言われ、昼は朝廷に出仕し、夜は閻魔庁につとめていたという伝説の持ち主です。

この井戸から篁が冥土に通っていたとのこと。

滋賀県大津市小野には小野篁神社小野妹子の墓小野道風神社小野神社などがあるので、今年は訪れるつもりです。

御朱印

閻魔大王のハンコの迫力が凄いです!

六波羅蜜寺

天暦五年(951年)醍醐天皇の第二皇子光勝空也上人により開創されました。

 

今回は時間がなくて、空也上人平清盛の像を観ることが出来ませんでした、次回四条にきた時には両足院の半夏生と共に、六波羅蜜寺の宝物館にも再度訪れたいと思います。

御朱印

六波羅蜜とは彼岸(悟りの世界)に至る為の6つの修行のことだそうです。

この御朱印を頂いている時、隣の銭洗弁天が気になった私は、彼岸にはまだまだ遠いようです。

都七福神巡り

六波羅蜜寺は弁財天です。

以前から七福神巡りも気になっていたのですが、東寺(毘沙門天)、萬福寺(布袋尊)以外は訪れたことがないので、機会があれば他の4つも巡ってみたいです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました