「大友皇子と壬申の乱」 大津市歴史博物館

大津市

地図

地元の歴史ですが、知らないことがたくさんありました。

大友皇子と壬申の乱

壬申の乱1350年記念企画展

2022年10月8日〜11月23日

大友皇子

弘文天皇648年(大化4年)ー672(天武天皇元年)

第38代天智天皇の第一皇子で、母は伊賀采女宅子娘(いがのうねめ・やかこのいらつめ)

大友氏(古代)

百済系渡来人で、鎌倉時代から続く武家の大友氏(大友宗麟など)とは関係ないようです。

大友氏(おおともうじ)は近江国とその周辺に住んだ氏族で、大友皇子の支持勢力だったと考えられます。

渡来人

大津だけでなく滋賀には多くの渡来人が古代から住んでいたようで、秦氏などもかなりの人数が移住していたようです。

オンドル

大津市にある穴太遺跡の特殊カマド温突遺構(オンドルイコウ)

歴史博物館の前に再現されています。

壬申の乱

672年に起こった日本古代史上、最大の争乱です。

大友皇子大海人皇子による皇位継承の争いです。

弘文天皇陵候補地

明治になってから、弘文天皇と諡号され、弘文天皇陵が定められましたが、他にも候補地があり、それらの候補地の説明や紹介がされていました。

弘文天皇陵、新羅善神堂、新羅三郎の墓、法明院

 

昨年訪れた、瀬田の唐橋の近くの御霊神社も候補地の一つでした。

建部大社・龍王宮秀郷社・御霊神社 

その他、千葉県に密かに落ち延びたという伝説もあり、真相は不明です。

壬申の乱ゆかりの地

大津京や壬申の乱ゆかりの地の紹介や、出土品の展示などもされていました。

大伴(大友)黒主神社

平安時代の歌人で六歌仙の一人です。(大友氏は第53代淳和天皇の時に大友→大伴に改姓しています。)

倭神社・赤塚古墳

赤塚古墳の上に倭(しどり)神社はあります。

御祭神は天智天皇の皇后の倭姫(やまとひめ)と伝えられています。

天智天皇崩御後、倭姫が即位し、大友皇子が太政大臣として補佐していたという説もあります。

倭姫は天智天皇の兄の古人大兄皇子の娘です。

崇福寺跡

わずか5年の大津京だった為、創建当時は伽藍が立ち並ぶ大寺院だった崇福寺も今は丘の上に礎石が残るだけです。

丘に上る道の横には志賀の大仏と呼ばれる石仏があります。

これらは京阪石山坂本線の南滋賀駅から隣の滋賀里駅が最寄駅なので、春になったらハイキングに出かけたいと思います。

キッチンカーがやってくる

10月と11月は大津歴史博物館前にキッチンカーがやって来る日があるとの事でしたので、展覧会の前に食べて見ました。

ぽてとのひみつ

4個550円(税込み)です。

4種類の味があり、組み合わせは自由です。全種類食べて見たかったので、1個ずつ注文しました。

1個直径4〜5cmで、4個でもお腹は膨れました。

ミートソース・カレー・すき焼き・博多辛子明太子の4種類です。

ピザ

後日散歩がてら食べにきました。

赤こんにゃくピザ ¥600

醤油と蜂蜜?の甘ジョッパイ、ソースが赤こんにゃくとチーズを上手く繋げていました。そして刻み海苔で風味がより増しています。

価格も¥500〜¥800と良心価格です。

クレープ

お隣のクレープも美味しそう!

こちらも¥400〜¥500とお手頃価格です。

クレープと揚げパンは次回また買いに来たいと思います。

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